写真は「ラ・ヴォーチェ」の公演から©Shinji Takehara
――――――――――――――――――――――――――――――――――― “信じる者は救われる!? もしからしたらこのネモリーノ、オペラの主人公の中でも、図抜けて間抜けなのではないだろうか。しかし、そんな男がまぎれもない真実の愛の物語の担い手なのだ。こんな設定では映画やTVドラマであれば、違和感が先に立ってしまうに違いない。ところが、時に叙情的で、時に底抜けに楽しく、また時には感傷的なまでに感情をくすぐる音楽が絶妙に配置されると、聴き手はいつしかこのおバカな青年に感情移入し、ともに笑い、ともに泣いてしまう。これぞ、オペラだけになせるワザ、オペラの魅力のツボである。
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全2幕
作曲 :1832年
初演 :1832年5月12日、ミラノ・カノッビアーナ劇場
台本 :フェリーチェ・ロマーニ

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ネモリーノは、スペインのバスク地方の村の若い農夫。19世紀前半の農村のこと、たいていの人は読み書きもできなかったわけだが、彼もその一人。なのに、こともあろうに地主の娘のアディーナに恋焦がれてしまったのだ。

なにしろこの娘、村でただ一人勉強していて本も読め、それだけに鼻っ柱も強い。その点ではネモリーノが逆立ちしたってかなわない。その上、金持ちなだけあってワガママ。いやはや、成就する可能性など常識的に考えれば限りなくゼロに近い片思いのはずなのだが、そんな恋が結局、成就してしまうのだ。奇跡を仲介したのが「愛の妙薬」、つまり、それを飲むと相手が自分への愛を燃え上がらせてしまうという、いわゆる“惚れ薬”である。

もちろん、そんなものが実際に効くわけはないのだが、ネモリーノは安物のボルドーワインを「愛の妙薬」だと信じた。そう信じる心があまりにも純粋だったがため に、最後にはとうとうアディーナの心を射止めてしまうのではある!


[第1幕 ]シーン1
村の広場で、アディーナ(ソプラノ)が村人たちに囲まれて本を読むのを見て、ネモリーノは「なんてかわいいんだ!」と歌う。この時、「彼女は何でもできるけど自分は愚かだ」なんて情けないことも同時に言うのだが、美しい旋律にネモリーノの心の純粋さが滲み出ている。

[第1幕 ]シーン2
そのアディーナが得意気に読んでいるのは『トリスタンとイゾルデ』の物語。「こんな妙薬(惚れ薬)があったらね」と歌われ、その言葉がネモリーノの心に深く刻まれるのだ。

[第1幕 ]シーン3
それまでの叙情的な空気を破るように、行進曲のリズムに乗って軍曹ベルコーレ(バリトン)の登場。いきなりアディーナを口説く。

[第1幕 ]シーン4
ベルコーレ率いる軍人たちが去った後、アディーナに「昼も夜もあらゆるものに君を感じるんだ」と、熱い心を打ち明けるネモリーノ。全然相手にされないのだけれど、このデュエットは実に美しく、魅惑的だ。

[第1幕 ]シーン5
そこに、ラッパの音に乗って薬売りのドゥルカマーラ(バス)が登場。口も達者にインチキ薬売りの口上を述べ、みんなをその気にさせてしまう。ネモリーノも「イゾルデの妙薬”はないか」と尋ね、ドゥルカマーラから安いボルドーワインを売りつけられる。

[第1幕 ]シーン6
その安酒を大喜びで飲み干すネモリーノ。それを見て「こんな間抜けなヤツはほかにいない」と言うドゥルカマーラ。効き目は明日現れると聞かされ、ネモリーノは浮かれるが、妙に陽気で態度がデカくなったネモリーノへの当てつけに、アディーナはベルコーレと今日中に結婚することに。明日まで待ってくれ、というネモリーノの必死の嘆願は聞き入れられない。

[第2幕 ]シーン1
アディーナとベルコーレの結婚披露宴が開かれているが、実はアディーナは、ネモリーノのことが少し心に引っかかっている。なんとか事態を打開したいネモリー ノは、ドゥルカマーラに「薬をもう1本売ってほしい」と頼むが、お金がない。ベルコーレに「軍隊に入れば金がもらえる」といわれて承諾し、お金を受け取ってドゥルカマーラのもとに一目散。「妙薬」をタップリ飲む。

[第2幕 ]シーン2
その間に、村中の娘がネモリーノに夢中になっていた。実はネモリーノの叔父が死んで、彼には莫大な遺産が入ることになり、みんなそれを聞きつけたからなのだが、ネモリーノは「妙薬」が効いたと信じて喜んでいる。

[第2幕 ]シーン3
一方、モテモテのネモリーノを見て不安になったアディーナがドゥルカマーラに聞くと、ネモリーノは「妙薬」を手に入れるために軍隊に入ったというではないか。そんな一途な心に打たれて、アディーナは涙ぐむ。ここでのアディーナとドゥルカマーラの2重唱は、コミカルでありながら真実の感情があふれている。

[第2幕 ]シーン4
続いて「彼女の目に一滴の涙が光った」と歌う、ネモリーノの名アリア(ロマンツァ)「人知れぬ涙」。「愛のために死んでもいい」と歌うネモリーノは、本当に純粋なのだ。ちなみにドニゼッティは、このロマンツァだけは以前から作曲していた。いわば、取って置きの曲をこの場面に当てたのだ。

[第2幕 ]シーン5
そして大団円。ネモリーノの入隊契約書を買い戻してきたアディーナは、ついにネモリーノに愛を打ち明け、二人はとうとう相思相愛に。ベルコーレは諦めて出発。ドゥルカマーラはみんなに送られて次の村に向けて出発する。

信じられないことだが、このオペラをガエターノ・ドニゼッティはたった2週間で作曲してしまった。1832年5月半ばに上演予定だったのに、作曲の依頼が来たのが4月初旬!が、そんなとんでもないスケジュールにもかかわらず、こんなに愛され続ける傑作を書き上げたのは、この作曲家の天才たる所以である。

ただ、そんな事情だから、台本作家のフェリーチェ・ロマーニから台本を受け取った当初はドニゼッティ自身、ネモリーノのことを単に頭の悪い青年だと捉えていたフシがある。ところが、筆が進むにつれてネモリーノへの愛情をだんだんと深めていった――後半の感情の描き方を見るに、そうとしか思えない。だから、我々聴き手も、オペラが進むにつれネモリーノの間抜けさ加減など忘れてしまい、ひたすら彼の純愛に心を移入してしまうことになるのである。

さて、二人はその後どうなったのだろうか。ネモリーノの心がいくら純粋でも、教養の点で雲泥の開きがある娘との恋愛が、果たしてうまくいくのだろうか、もしやアッという間に破局したんじゃないだろうか……。縁起でもないようだが、そんな想像を巡らすのもオペラの楽しみ方の一つ。もちろん、 ハッピーエンドを祝福するだけだって十分に楽しいことは、言うまでもない。

ファン・ディエゴ・フローレス
ルチャーノ・パヴァロッティ
ロベルト・アラーニャ

ネモリーノという役は、テノールの中でも、軽めの声(レッジェーロ)から重い声(リリコ・スピント)まで、様々な声のテノールが歌っている。でも、あまり重い声ではこの青年の純朴さに合わないし、それ以前に、ドニゼッティはこの役に、弱音(ピアノ)を多用してかなり柔らかく歌うことを求めている上、声が柔軟に回らないと正確には歌えない装飾的なフレーズも少なからずある。だから、本来相応しいのは、レッジェーロよりちょっと重いリリコ・ レッジェーロやリリコだろう。

今、実演で聴くなら誰か――。それはもう、ファン・ディエゴ・フローレスに止めを刺す。この5月16日、トリノのレージョ劇場で彼のネモリーノを聴いたが、およそ完璧なネモリーノだった。確かな様式感、格調高いフレージング、ピアニッシモの美しさに加え、(声を回す装飾歌唱を得意とする)ロッシーニ歌いの彼が歌うと、全曲の随所に施された装飾的なフレーズが、美しく浮かび上がるのだ。

その上、歌唱フォームをまったく崩さずに、ネモリーノそのものに成り切ってしまうから凄い。「人知れぬ涙」は同名のアリア集 (Decca)に収録されているが、これは2002年の録音。現在の方がはるかに上手くなっている。

ジュゼッペ・サッバティーニも傑出している。 弱声から強声まで自在にコントロールしたビロー ドのようなフレージングで、ネモリーノの揺れる感情を表現する。ため息が出るほどに考え抜かれた歌唱だ。ラ・ヴォーチェ制作のDVDで確認することができる。

録音で聴くならルチャーノ(敢えて発音にこだわります!)・パヴァロッティ。この大テノールの最大の当たり役の一つがネモリーノだ。パヴァロッティの声は響きが充実しているのに柔らかく、素のままでもネモリーノにぴったりだった。

彼の数ある録音の中でも、1970年録音のCD全曲版 (Decca)、80年にニューヨーク・メトロポリタン歌劇場(MET)で収録したDVDが圧巻!もう一人、ロベルト・アラーニャも潤いのある声を端正に響かせ、ネモリーノの純朴さをうまく表現している。92年録音のCD全曲版(Erato)は若い声がみずみずしく、アディーナが全盛期のマリエッラ・デヴィーアとあって(声楽的に完璧なアディーナ。ただし、あまり娘っぽくない)、お奨めだ。

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